肺癌化学療法の概要とその看護
はじめに
近年の疾患構造はその死亡原因からみても,脳血管障害,胃癌中心から欧米型の虚血性心疾患(心筋梗塞),大腸癌,肺癌に変遷しつつある.とりわけ肺癌は,消化管癌と異なり,臓器の全摘出が不可能なことから,外科的手術の対象となる症例が限られており,化学療法が重要な位置を占めるに至っている.しかしながら,現在の化学療法剤(抗癌剤)では,肺癌を治癒させるのは殆ど不可能で,いくつかの抗癌剤を組み合わせた多剤併用化学療法やさらに放射線治療と組み合わせる集学的治療が種々試みられている.最近,化学療法における副作用対策など,支持療法も確立されつつあり,比較的安全に,かつ患者の苦しみを軽減することが可能になりつつある.岐阜市民病院呼吸器科は,厚生省助成金班研究[固形癌の治療](JCOG)の肺癌グループに参加し,かつ西日本肺癌化学療法研究会の発足時よりの参加施設であることから,最新の肺癌化学療法の安全で有効な展開,新薬の評価試験に取り組んでいる.そこで,肺癌の診断から臨床病期決定,肺癌化学療法の現時点での概要とその看護について簡略的に述べる.
肺癌の診断,病期分類
肺癌の診断は,あくまで病理組織診断を根拠にする.すなわち,気管支鏡による生検や,胸膜生検で病理学的に診断されることが原則である.胸部X線で肺癌が疑われたら,胸部CTで発生部位を同定して,気管支鏡検査を行う.気管支鏡で診断不可能な症例では経皮針生検も行なわれることもある.
1.気管支鏡検査
あらかじめB,C型肝炎,梅毒検査,呼吸器感染の有無を確認.麻酔は,入院患者はオピアト,モルヒネ等の麻薬とキシロカイン局麻を用いるので,キシロカインテストが必要.もし陽性ならカルボカインテストを行う.当日は検査まで絶食.検査には胸部X線,CT写真を必ず持参し,検査後は,血圧,酸素飽和度,血痰,意識状態を注意深く観察する.気管支鏡検査により,気胸,喀血,キシロカイン中毒が出現することがある.キシロカイン中毒では時に,痙攣や不整脈(徐脈)が出現することもある.気管支鏡検査後時間が経ってから喀血することがある.ワーファリンやパナルジンを内服していると出血が止まらないので予め内服を中止する必要がある.気道出血時には3号液+アドナ1A+トランサミンS1Aの点滴を行なう.まれに気胸を合併することもある.患者の症状,所見に注意し早期発見に努めることが大切である.生検により,肺癌の組織型が大きく小細胞癌と腺癌,扁平上皮癌をあわせた非小細胞癌に分類される.小細胞癌と非小細胞癌では,化学療法の種類も効果も異なる.血液検査も進歩し,腫瘍マーカーによってある程度組織型が推測される.最近の新しい腫瘍マーカーとしては,扁平上皮癌ではCYFRAが,小細胞癌ではproGRPが有用である.特にproGRPは精度が高くNSEよりも有用である.詳細は岐阜市民病院年報16号p28〜31等を参照のこと.
2.病期分類
肺癌領域では他臓器の癌と同様TNM分類が用いられる.TNM分類により,I-II期は外科的手術,
IIIA期は外科的手術と化学療法,または化学療法と放射線治療,IIIB期は化学療法単独か,放射線治療との併用,IV期は化学療法と治療内容が病期により異なってくる.病期分類に必要な検査は,
1)胸部CT単純(肺野条件と縦隔条件)
2)頭部CT造影
3)腹部CT単純または腹部US(原則的にCT)
4)骨シンチ全身
であるが,小細胞癌ではさらに,
5)骨髄穿刺
を行う.これらの検査は,癌が進行して治療が手遅れにならぬよう,速やか(可能な限り)に行う.キャンセル待ち,急がない他の患者との検査日交換など手をつくす.特に,小細胞癌は進行が速く,早期に病期を決定する必要がある.また,手術が可能な早期の肺癌についても,病期が決定されてから術前カンファランスを行なうので可及的速やかに検査を行なう必要がある.
術前カンファランスや患者へのインフォームドコンセントには病期決定に用いたCTや骨シンチの写真が必要であるので,時間までにひととおり揃っているか確認しておきたい.
化学療法の種類の概要
原則的に,肺癌では1種類の抗癌剤では効果が期待できず,2種類以上の抗癌剤を併用する多剤併用化学療法が行われる.この対象となる患者は,PS2までの良好な全身状態と,75歳以下であることが倫理的な了解事項となっている.PSとはPerformance
Statusの略で患者の活動能力を客観的に評価するもので,入院時,および毎週評価すべきものである.抗癌剤はその高い抗腫瘍効果からシスプラチン(CDDP;ブリプラチン,ランダ)を中心に,他の抗癌剤を組み合わせる治療法が行われる.また,当施設が,肺癌化学療法の中心施設であることから,患者(または家族)の了解を得て,新規抗癌剤を用いることがある.
癌告知の問題
インフォームドコンセントの概念もあり,化学療法を行う際は,癌告知を行う方が円滑な治療,患者との信頼関係,法律的倫理的観点から望ましいと考えられる.但し,家族が告知を拒否したり,末期癌で軽快の見込みがない場合はケースバイケースである.インフォームドコンセントの内容としては,
1)肺癌の診断と組織型
2)診断に至った科学的根拠(病理結果)と症状との因果関係
3)癌の進行の程度
4)全身検索から考え得る治療法
通常いくつかの選択肢(何もしないのも選択の1つ)があるので,それぞれ説明する.(a)治療の内容,(b)副作用とその対策,(c)予想される効果,(d)治療は患者の意思が尊重されることを説明する.最近はインフォームドコンセントも書面で説明し,説明した証しとしてカルテに保存するようになってきている.
看護者もいかなる説明がなされているか確実な把握が必要で,病状説明には是非同席されたい.
化学療法中の検査,注意すべきこと
化学療法は両刃の剣であり,抗腫瘍効果の強力なレジメンほど,副作用も強い.したがって,副作用の早期発見,治療のため綿密な検査,観察が行われる.
1.毎日行うべきもの
血圧,脈拍,酸素飽和度,食欲,尿量(特に抗癌剤投与1週間は要注意)
2.毎週行うべきもの
胸部X線(正側),血液生化学尿検査(生化学検査を1/週,血液学的検査を1/週),PS,体重,血液ガス(放射線治療併用時)
3.毎月行うべきもの
腫瘍マーカー(高値のもの),心電図,要すれば胸部CT,放射線治療併用者には呼吸機能4項目(症例によっては拡散能も)を検査する.
4.化学療法終了後に行うこと
再病期分類(はじめに病期分類に行ったのと同じ検査),要すれば心筋シンチ(化学療法剤による薬剤性心筋症の有無を検索).
5.異常時に行う検査
a)38度以上の発熱−血培,痰培,咽頭培,下痢があれば便培
b)白血球2000以下の時,適宜血液学検査の採血,ドクターコールし,G−CSF(ノイトロジンorグランorノイアップ)連日投与開始.原則的に抗癌剤投与日はG−CSFを投与してはいけない.放射線治療実施例では主治医に延期すべきか継続すべきか確認すること(レジメンにより異なる場合がある).
c)血小板減少−2万以下では血小板輸血,現在血小板増血薬を開発中である.
d)イレウス−CDDP,VDS(フィルデシン)投与で出現し易い.腹部を聴診し腸管蠕動音が聞かれない場合,逆に金属音を聴取する場合は,腹部XPおよびドクターコールすること.
e)尿量減少−CDDPで薬剤性腎症出現.原則的にCCr60以下ではCDDPは使用しない.特にCDDP投与1週間以内は尿量減少に注意する.急速にクレアチニン値が上昇したり,急激に尿量が減少したときは透析が必要である.この時期を逸するとその後,著明な白血球減少・血小板減少が発現し,敗血症や出血を発症し死に至ることがある.
f)下痢−充分な輸液,特にCPT−11に伴う下痢は新聞でも話題になっているが死亡することがある.当科で漢方薬(半夏瀉心湯)が下痢に有効であることを検討している(lung
cancer 1996, T Sawa).
g)不整脈−心電図施行.CDDP,アンスラサイクリン系抗癌剤は心筋障害出現
そのほかに,脱毛,食欲低下,四肢しびれ感などが出現することあり.特に脱毛と食欲低下は現在のレジメンではほぼ必発である.食欲低下の客観的指標として,体重測定や尿量が重要な目安となる.
h)口内炎−ベプシド等で口内炎が出現する.口内炎は食欲低下につながるので,デキサルチン軟膏をこまめに塗布する.
抗癌剤投与時の注意
原則的に,抗癌剤は医師が投与量を調整し,ボトル注入,点滴を行う.抗癌剤投与時は,投与する薬剤を予め1ヶ所にまとめ,ボトルに番号をつけておくと,間違わない.化学療法点滴時の誤りは,重大な副作用を招きかねないので,十分注意する.シスプラチンの点滴の仕方は,医師の指示に従い順番に行う.嘔吐の種類と発現機序も判明してきている.強力な制吐剤のカイトリル・ゾフラン・ナゼアはシスプラチン点滴の前に投与終了しないと無効である.また,抗癌剤の入ったボトルをつなぐときは,今一度点滴が洩れていないか再確認されたい.血管外に抗癌剤が洩れると,静脈炎と皮膚壊死に陥ることがある.
抗癌剤投与日に白血球減少・下痢・PSの低下があるときは抗癌剤の投与を延期する.抗癌剤投与日には早めに白血球数を確認しておく.
抗癌剤は点滴投与の他に,癌性胸膜炎ではダブルルーメントロッカーを留置し,胸水を十分排液した後,抗癌剤を注入する.注入後一定時間(通常4-8時間程度)クランプし,十分体位交換して抗癌剤が胸腔全体に行き渡るようにする.この目的は抗癌剤によって胸腔を癒着させ胸水が貯留しないようにすることである.癒着時には胸痛・発熱が伴うので,インテバンSPなど徐放性消炎剤を併用する.抗癌剤としては,ピシバニル,アドリアシン(ADM),シスプラチン(CDDP)等が用いられる.
抗癌剤投与中の精神ケアについて
医師や看護婦にとって極めてあたりまえの点滴スケジュール,副作用,頻回の検査も,はじめて治療を受ける癌患者にとっては全く未知の世界である.癌患者は化学療法や放射線治療に自分の生死を賭け必死である.安易な応対をせず親身になって,わかりやすく納得がいくまで説明するのが癌化学療法の看護である.検査や処置を,「主治医が指示したから」とか「そういうきまりになっているから」を答えるのではなく,科学的に,なぜその処置が必要か,なぜ検査をしなければならないかを説明しなくてはいけないし,説明できるようになっていなければならない.アメリカでは患者と医師の間で化学療法に対する同意が得られたら,以後の説明,治療はトリートメントナースとかオンコロジーナースと呼ばれる化学療法専門の看護婦が行なっている.
化学療法中の精神状態,全身状態の評価は客観的・科学的でなければならない.現在,患者生活調査やface scaleがあるのでできるだけ患者に協力してもらい毎週評価するのが望ましい.患者の一般的状態はPSで評価される.ナースの立場からPSを評価することも大切であろう.
放射線照射との併用における注意点
放射線治療単独では抗癌効果が30%程度しかないことから,一時,放射線治療があまり期待されない時期があったが,近年癌化学療法との併用により効果が高まることが証明されている.化学療法単独では50%程度の効果しかないが両者を併用することによりその効果は70〜80%に上昇する.併用する場合,化学療法が終了してから放射線照射を行なうより同時に併用した方が効果があることが判明している.しかし,この場合副作用もより高頻度に発現しやすい.
主な副作用は,
1)白血球・血小板減少・貧血-----抗癌剤による骨髄抑制は一過性であるが,放射線照射をしていると長期間にわたり継続しやすい.
2)放射線肺臓炎-----放射線肺臓炎は致命傷となることがあるので早期発見が重要である.胸部X線,血液ガスは週1回実施するのみなので,オキシメーターで毎日SpO2を測定し,低下に注意する.自覚症状は乾性咳嗽(空咳)や労作時呼吸困難である.
3)放射線食道炎---------放射線照射をする場合,縦隔リンパ節にも照射するため縦隔内を走行する食道にも必然的に放射線があたることになる.放射線治療後期には放射線性食道炎が併発することがあるので,予防的にマーロックスやアルロイドGを内服させる.食道炎が極めて強いときは放射線治療の延期,照射野の縮小,点滴・中心静脈栄養が必要であり,主治医のみならず放射線治療医との連携も大切である.最近,G-CSF(グラン,ノイトロジン,ノイアップを使用中に放射線治療を行なうと放射線肺臓炎が出現しやすいという報告もある).
放射線治療をおこなう特殊なケース
原則的に化学療法と放射線照射の併用を行なうのは(1)PS2まで,(2)照射範囲が1側肺の半分以下,(3)呼吸機能・血液ガスが良好,(4)肺線維症がないことなどの条件を満たし,患者自身が承諾した場合に限られる.これは効果も強力だが副作用も強いためである.しかし,例外的に放射線治療と併用する場合もある.
1)脳転移がある場合;脳には血液脳関門があって抗癌剤が脳内に十分移行しないので放射線治療を行なう.
2)局所の癌性疼痛が鎮痛薬でコントロールできない場合.
3)骨転移による局所症状緩和のため
4)気管・主気管支に腫瘍があり放射線治療を併用しないと閉塞する危険がある場合.
5)腎機能障害等主要臓器障害があり十分量の抗癌剤が使用できない場合.
最後に
肺癌は増加の一途をたどり,しかも難治性であることから,肺癌に苦しむ患者は増える一方である.今後肺癌治療・看護も益々重要になってくる.市民病院呼吸器科で行なっている治療は,他の病院では実施していない新薬や新治療法を行なっている点で特殊ではある.しかしこれらの治療は,近い将来一般病院に普及していくであろう治療であり,それに併せて看護も進歩的であるべきである.現在の日本にはトリートメントナースやデータ・マネージメント・ナースのような制度はないが,各自が病棟ナースであるとともにトリートメントナースたらんと,自信と学究的意欲をもって看護にあたられたい.