医師向け呼吸器疾患講座


福岡県飯塚市医師会講演会
2003.3.13 のがみプレジデントホテル

失敗のない肺炎治療の実際 Version4  2003年版

岐阜市民病院呼吸器科/呼吸器病センター 澤 祥幸

 おおよそ医療において失敗のない診療はありえない.「失敗がない」とは逆説的表現であり,その意味するところは「過去の失敗例と多くのEvidenceに基づいて失敗を最小限に、効果を患者個人にも社会全体にも最大限に引き出すこと」である.そのための具体的な一法としてガイドラインを自らの診療形態にあわせて使いこなす(modify)ことを提案したい.
 “急性肺炎”とは肺炎のうち病原微生物が原因菌となって発症するものであり,1)市中肺炎と,2)院内肺炎(入院2日以上経過して発症)に分けられる.日本呼吸器学会「呼吸器感染症に関するガイドライン」成人市中肺炎診療の基本的考え方(平成12年)はあらゆる実地臨床医,殊に開業医ならびに一般病院勤務医を対象にし,あらゆる成人市中肺炎の状況を想定し,広く適応できることを基本理念としている.このため, empiric therapyの考え方が用いられている.これは緊急化学療法で,病状,患者背景,感染部位等から広く科学的に起炎菌を推定し,推定した起炎菌に対して最も適切な抗菌剤を投与し,起炎菌決定は同時並行で実施することである.同様に市中肺炎に対してはPathogen Directed Therapyという考えに従い,原因菌を特定・推定することにより治療効果を高めるとともに耐性菌出現を防ぎ,同時に不必要な入院、医療費を低減しようとしている.このために経口キノロン、カルバペネムを極力使用させないようにという意図が見え隠れする.それほどに経口キノロン、カルバペネムが有効なのであり,いかなる症例に選択して使用するかが失敗しないためのポイントともいえる.
 さて肺炎の診断は症状とX線,理学所見から診断するが,失敗しないためにはX線のみで”肺炎様陰影” と肺炎の鑑別は難しいことを認識すべきである. 1.症状,患者背景の把握, 2.側面X線,検査所見,CT画像の併用, 3.経過(初期治療効果)の再評価, 4. ”肺炎様陰影” 疾患の鑑別を常に意識する必要がある.殊に”肺炎様陰影” 疾患には肺癌,肺胞上皮癌,心不全・肺水腫,肺臓炎(薬剤性,好酸球性,過敏性,放射線),肺胞蛋白症,肺塞栓等の重篤な疾患が多いことは重要である.
 ガイドラインでは肺炎を身体所見,胸部レントゲン所見,検査成績により1)軽症〜中等症,2)重症,および3)特殊病態下に分ける.重症度分類は1)胸部X線写真陰影の拡がり,2)体温,3)脈拍,4)呼吸数,5)脱水の有無を基に5項目中何項目満たすかで分類し,さらに緊急検査で6)白血球数,7)CRP,8)PaO2の3項目の分類を参考にする.ここでのポイントは重症度分類の項目暗記は無理なのでガイドラインポケット版を机下に忍ばすことである.また境界領域で迷うときは一段階重症として扱う.
 軽症肺炎あるいは中等症肺炎で脱水を伴わないものには外来治療を,重症肺炎あるいは中等症肺炎で脱水を伴うものには入院治療を,重症肺炎のうちショック状態または生命危機にあってはICU管理とする.軽症〜中等症では症状所見と検査成績をもとにa)細菌性肺炎群,b)非定型肺炎群に分ける.症状・所見のうち1)60歳未満である,2)基礎疾患がないか軽微,3)肺炎が家族内,集団内で流行している,4)頑固な咳がある,5)比較的徐脈がある,6)胸部理学所見に乏しい,の6項目中3項目以上を満たすか,さらに7)末梢血白血球数が正常,8)スリガラス状陰影またはskip lesionである,9)グラム染色で原因菌らしいものがない,の3項目を追加評価し全9項目中5項目以上を満たせば非定型肺炎を疑う.この項目は,非定型肺炎の診断に有用なので是非暗記したい.なお,治療を開始する前に,a)血液・血清,b)喀痰など気道分泌物,生検組織,胸水,c)尿を用い,迅速診断として遺伝子診断,塗抹鏡検,抗原検出を行うなど可能な範囲で原因菌検索をおこなう.特にグラム染色は有用である.細菌性肺炎群ではペニシリン系を,非定型肺炎群ではマクロライドまたはテトラサイクリン系薬をおよそ3日間投与し有効性の判定を行い,抗菌薬の続行や変更を判断する.ひとつの指標として,初期治療でβ-ラクタム系薬を用いた場合にはマクロライド系薬やテトラサイクリン系薬に変更する.原因菌不明重症肺炎には,基礎疾患のない若年者では1)注射用フルオロキノロンを用い,高齢者に基礎疾患のある人には2)カルバペネム+テトラサイクリンまたはマクロライド,3)第3世代セフェム+クリンダマイシン+テトラサイクリンまたはマクロライドを選択し,ペニシリンやセフェムにアレルギーのある人には4)クリンダマイシンまたはバンコマイシン+アミノ配糖体+フルオロキノロンが初期治療として推奨されている.しかし保険診療に即した治療となると現実的にカルバペネム+テトラサイクリンまたはマクロライドを選択せざるを得ない.ここでのポイントは,1)治療開始3日後に効果を評価する,2)効果判定は症状を重視・客観的に, 3)X線所見は症状より遅れて改善, 4)効果判定に迷うときは頻繁に診察することである.
 一方,特殊病態下肺炎にあっては病態の状況に応じempiric therapyを行う.
インフルエンザ流行時は肺炎球菌,インフルエンザ菌,黄色ブドウ球菌が想定されペニシリン系,β-ラクタマーゼ阻害剤配合ペニシリン,キノロンを選択する.慢性呼吸器疾患・感染反復時には肺炎球菌,インフルエンザ菌,モラキセラ,緑膿菌が想定され経口キノロン, β-ラクタマーゼ阻害剤配合ペニシリンを用いる.脳血管障害,誤嚥性肺炎,口腔病変,閉塞性肺炎(肺癌など)の際は嫌気性菌によることが多く,CLDM, β-ラクタマーゼ阻害剤配合ペニシリン,カルバペネムが望ましい.糖尿病患者では肺炎球菌,グラム陰性杆菌(クレブシエラ他)が想定され第3世代セフェム,カルバペネムを選択する.温泉旅行,循環式風呂の背景があればレジオネラ属菌が疑われマクロライド,キノロン,リファンピシンが選択されるが,重症化や難治化がみられる.鳥類との接触ではオーム病クラミジアが考えられテトラサイクリン,マクロライドを,家畜,妊娠中の猫との接触ではQ熱コクシエラが考えられテトラサイクリン,マクロライドを用いる.長期ステロイド投与中,HIV感染症の危険要因のある人ではカリニ,結核,サイトメガロウイルスの可能性があり原因微生物の同定と複数菌感染考慮したEmpiric Therapyが必要である.効果判定は,概ね3日後に初期の抗菌薬が有効かどうか,当該抗菌薬を続行するか判定し,7日後に肺炎が治癒して抗菌薬を終了できるか,多剤に切り替えて治療を続行するか決める.なお,治療中も効果が不十分の時は,病原微生物以外の要因による広義の肺炎との鑑別として,心不全,肺癌,びまん性肺疾患の頻度が高いことも認識すべきである.
 話がかわるが,Therapeutic Drug Monitoringの概念が普及してきた.薬物の十分な治療効果と副作用の軽減を目的とし薬剤のピーク値(最高血中濃度)やトラフ値(最低血中濃度)など薬剤の血中濃度のモニタリングを行うものでMRSA治療では保険適用されている.薬剤によって,時間依存的殺菌作用があるものはβ-ラクタム系抗菌薬,グリコペプタイド系薬,マクロライド系薬があり,濃度依存的殺菌作用があるものはアミノ配糖体系薬,ニューキノロン系薬がある.
 最後に,失敗しない肺炎治療として,すべての患者にガイドラインを振りかざすのではなく,ガイドラインは目安として,患者に即した治療も必要である.
1)市中肺炎は治療成功率の高い疾患であり入院が必須ではないこと, 2)今や臨床医は費用対効果も求められること, 3)“患者自身”もできるだけ入院したくないことも考慮しながら柔軟にガイドラインを使いこなすことも必要である.そのための一法としてSwitch療法またはStream Line療法と呼ばれるものを紹介する.治療当初は 1)注射用抗菌剤を使用,あるいは2)注射用と内服薬併用し症状の改善傾向が認められれば内服薬のみに変更する.一般的には,注射薬と内服薬は別系統を用いる.耐性出現の機会増すため市中肺炎には推奨されないが,失敗しないための診療例でもあり,私個人「禁断の肺炎治療」と呼んで例外的に実施している.

当講座の詳細内容は「臨床と研究」平成15年9月号,p133-137 大道学館出版部(九州大学医学部内)において「失敗のない肺炎治療の実際」として掲載されておりますので,興味のある方はご覧下さい.